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東大コール・アカデミーのOB合唱団であるアカデミカ・コールから新作の依頼を受けていたが、僕がグズグズしていてなかなか曲を作らないので、担当者が業を煮やして言った。 「先生、すでにある曲でもいいですよ」
この言葉で、ハッと思い立った。そうだ、以前新町歌劇団とソプラノの中村恵理さんのために作曲した組曲「アッシジの風」の中の「主の祈り」と「聖フランシスコの平和の祈り」があるな。 この2曲は、僕の洗礼名である聖フランシスコの生まれたアッシジに行った印象をもとに、イタリア語の歌詞に作曲したものである。自分で言うのもなんだけど、アッシジで大いにインスピレーションを掻き立てられ、溢れる信仰の情熱を音楽に込めることに成功した曲だ。
これにもう1曲祈りの曲を加えて、「3つのイタリア語の祈り」としたいと思った僕は、いろいろ探したが、結局落ち着いたのは、めちゃめちゃ月並みな「アヴェ・マリア」。そして作曲に取りかかった。やっぱり「アヴェ・マリア」は良く出来た祈りだ。 この曲だけイタリア語の他にラテン語を使用した。ベースがずっと低い位置で、定番であるラテン語のAve
Maria, gratia plena Dominus tecum.を淡々と歌う上に、動きのある音符で上3声がイタリア語のAve, o Maria,
piena di grazia, il Signore è con te.を歌っていく。その同時進行がとても楽しいと思うよ。
ちなみにaveはラテン語で「ようこそ」という意味。マリアがイエスを身ごもったことを知らせるため、天使ガブリエルが天から使わされてマリアの元へ行き、最初に言った言葉がこれだ。 「おめでとうございます、マリアよ」 とも訳せるけれど、直訳はむしろ「こんにちは」でもいいくらいだ。各国語の訳が少しずつ意味が違うのが面白い。 フランス語は、Je vous salue, Marieで、 「私はあなたに挨拶を送る」 の意味だけど、スペイン語は、Dios te salve, Mariaだから、 「神は君に挨拶を送る」 となる。
ドイツ語もduを使うしイタリア語もスペイン語もtuと「君」に相当する言葉を使うのだけど、フランス語だけ何故かvousという「あなた」に相当する敬称を用いる。
Le Segneur est avec vous. 「主はあなたと共にまします」 って感じになって、イタリア語の、Il Signore è con te. 「主は君と一緒だよ」 と随分印象が違う。
7月13日の演奏会では、伴奏として第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノ、そしてアコーデオンを使う。僕のお気に入りのコンサート・ミストレス藤田めぐみさんが出演してくれる。第2曲目の「聖フランシスコの平和の祈り」では、疾走する曲調の中、アコーデオンがスパニッシュ・ムードで大活躍するし、「アヴェ・マリア」の中間部でも、パリの街角のストリート・ミュージシャンのようなアコーデオンが聞かれる。
産みの苦しみというほどではないけれど、作曲している間は、完成するまで落ち着かなくて、早くすべて吐き出してせいせいしたいと思うものだ。いつも頭の中にあって、歩いていても突然、 「あっ、あそこのところ、やっぱりフラットつけた方がいい!」 なんて、どうでもいいような小さい事が気になって、一刻も早く家に帰って直したくなる。今は家のパソコンで譜面作成ソフトを使って作曲しているので、昔のようにいつも五線紙を持ち歩いてというわけにもいかないのだ。 そして曲自体が出来上がって、推敲して間違いを直し、 「よし、これで出来上がりだ!」 となった時のあの開放感ったら!ふっと肩の荷が降り、心の中にじわあっと幸福感が広がってくるんだ。この歓びは作曲というものをしたことない人には分からないなあ。演奏者がコンサートで得る達成感とは全然違う種類のものだ。
曲のタイトルであるが、最初「3つのイタリア語の祈り」としようとしていたが、なんとなく野暮ったいので、イタリア語のタイトルをつけた。 Le Preghiere Semplici レ・プレギエーレ・センプリチ、そして副題として「3つのイタリア語の祈り」とした。このタイトルの由来はこうである。「聖フランシスコの平和の祈り」のイタリア語の原題はPreghiera
Sempliceという。意味は日本語とは大違い。Preghieraは祈り、sempliceは英語のsimpleだから、「シンプルな祈り」なのだ。このあっけないくらいシンプルなタイトルが逆に気に入って、他の「主の祈り」も「アヴェ・マリア」も「シンプルな祈り」なんだから、いっそのことこれを複数にすればいいじゃないということになった。
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